タイで加速する「日系企業 vs 外資系」採用競争のリアル

タイで採用に関わっている日本人は、「せっかく自社で手間とコストをかけて育てた社員が、高待遇を提示する外資系企業に転職してしまった」。そんな経験を持つ日本人マネージャーは、多いのではないでしょうか。
今回は、タイ市場における日系企業と外資系企業の人材戦略の違いを紐解きながら、「なぜ外資は日系から人材を高給与で引き抜いていくのか」「なぜ外資はあれだけの給与を払えるのか」について、タイでの「日系VS外資」の採用競争の構造について解説します。
採用・育成・評価のアプローチが根本的に異なる
タイを含む新興国市場では、「日系企業」と「外資系企業」がそれぞれ異なる哲学のもとで採用活動を展開しています。
特に顕著なのが、人材への投資スタイルとキャリアパス設計の差です。
日系企業:長期育成型の安心感ある職場
日系企業は、「人を育てる文化」を強みとしています。
新卒や若手を採用し、数年単位でじっくりと育てるトレーニング体制が整っており、長期的に人材育成・キャリア設計を考えており、社員にとっても安定した職場環境が魅力です。
しかしながら、昇給スピードは比較的緩やか・画一的であり、経営層は日本人が中心。現地スタッフがマネジメント以上のポジションに昇進するケースは限られています。現地法人のトップや役員陣にローカル人材が就任することはまだ少数派です。
外資系企業:即戦力を即高待遇で確保
一方、外資系企業は「即戦力主義」が基本方針。
新卒採用はほとんど行わず、すでにスキルと経験を持つ人材を市場からダイレクトに引き抜きます。実績重視で、年齢や国籍を問わず抜擢されるチャンスがあります。即戦力人材を採用するため、トレーニングにコストをかける必要がなく、その分給与を高く払うことができるのです。
その代わり、期待に応えられなければ契約終了もあり得るなど、成果主義の裏には雇用の不安定さも潜んでいます。
ただし、人材育成にコストをかけない分、給与については柔軟に対応できるという特徴があります。
育成は日系、引き抜きは外資の構図

タイでも日系企業は新卒人材を採用し、時間をかけて育てるケースが多いです。外資企業は即戦力ではない新卒人材を採用しないため、日系企業もトップクラスの優秀な新卒人材を採用することができます。
しかし、社員が業務スキルと経験を身につけた30歳頃になった日系出身の人材は、「よくトレーニングを受けている」、「ビジネスマナーも申し分ない」「相対的に給与が低くとどまっている」ということで、外資系から格好のターゲットになっているのが現状です。特にマネージャー職、IT人材などは、2倍額近いオファーが出ることも珍しくりません。結果、転職してしまう――という流れが頻発しています。
こうしたサイクルの結果、悲しい現実として、日系企業は外資系企業にとっての「優秀人材の育成機関」になってしまっているのが現状です。
年齢が上がるほど拡大する給与差

RCX Recruitment(Thailand)社の独自調査では、以下のような日系VS外資の給与差が明らかになりました。表の通り、25歳以下の若手人材については、日系も外資も給与に大きな差が見られません。しかし、30代以降にその差は広がる傾向があります。表は全職種平均ですが、マネジメント職やIT・会計などの専門職では2倍以上の差になることも珍しくありません。
年齢層 | 外資の給与水準(日系比) |
---|---|
25歳以下 | 約1.05倍(例:日系 20,000THB、外資 21,000THB) |
30〜39歳 | 約1.35倍 |
40〜49歳 | 約1.49倍 |
50〜59歳 | 約1.54倍 |
「全員を平等に扱う」発想を見直す時代へ
外資と同等の給与条件で勝負し続けるのは現実的ではありません。
給与で引き止めても、より良いオファーが来れば離職する可能性があるためです。
重要なのは、全社員に一律対応する発想から脱却し、「将来の中核人材」にフォーカスした報酬設計を行うことです。また、プロパーが多い職場に突然中途の即戦力マネージャーを登用するとカルチャーギャップを起こすことが多く、日系ではうまく行かないことが多いです。
プロパー社員に対して、選抜的に評価制度やキャリアパスを用意することで、離職リスクの高いキーパーソンを守る戦略が求められます。
日系企業だからこその強みを再定義する
日系企業には、安定性・育成体制・丁寧な人間関係構築といった、外資にはない価値があります。
これらの魅力を再認識しつつ、制度設計や報酬体系に柔軟さを加えることで、「選ばれる日系企業」へと進化することができるはずです。
今こそ、“育成と定着”を両立するスマートな組織運営が、タイ市場での生き残りの鍵となります。