タイで良い人材を採用できて、いよいよ入社日を迎えた。ここでほっと一息つきたくなる採用担当者の方は多いのではないでしょうか。しかし、採用は入社がゴールではありません。むしろ入社してからが本番です。
その本番の入り口にあるのが「試用期間」です。日本では形式的な運用になりがちな試用期間ですが、そのままの感覚でタイでも運用してしまうと、将来いわゆるモンスター社員を組織に抱えるリスクが高まります。
この記事では、タイ特有の「119日ルール」の背景から、試用期間が持つ3つの機能(関係構築・教育・選別)、そして失敗しない運用のポイントまでを、日系企業の採用責任者・人事担当者向けに解説します。
この記事は、RCXのYouTube動画の内容をもとに再構成したものです。
タイの試用期間とは?「119日ルール」の基本
試用期間とは、入社してすぐの一定期間、この人を正社員として迎えるかどうかを会社が見極めるための期間です。タイでは多くの企業が119日以内で試用期間を設定しています。
なぜ119日という中途半端な日数なのか。その理由はタイの労働法にあります。勤続日数が120日を超えた従業員を会社都合で辞めてもらう場合、解雇補償金の支払いが必要になるためです。逆に言えば、120日に達する前であれば支払い義務は発生しません。だからこそ、多くの企業がその一歩手前である119日を試用期間の区切りにしているのです。
| 項目 | 勤続119日以内(試用期間中) | 勤続120日以降(正社員化後) |
|---|---|---|
| 解雇補償金 | 支払い義務なし | 支払い義務あり |
| 本採用の打ち切り | 一般的で受け入れられやすい | 明確な理由がなければ社内不信を招く |
| 会社側の主導権 | 強い(見極めのカードを持てる) | 弱い(実質的に手を出しにくい) |
試用期間中に本採用を打ち切ることは、タイではごく一般的なことです。つまり、会社が主導権を持って人材を見極められるのは、試用期間中だけということになります。
なぜ正社員の解雇はハードルが高いのか
タイでは解雇補償金を支払えば正社員でも解雇は可能です。しかし、実際には金銭以外の問題が発生する可能性があります。正社員を明確な理由なく辞めさせると、社内の雰囲気に響くのです。
他の社員が「この会社は何かあれば正社員でも解雇するのか」と感じると、不信感が広がり、従業員の安心感が薄れていきます。後味の悪い辞めさせ方は労務トラブルにもつながりかねません。そのため正社員を辞めてもらうには、誰もが納得できるしっかりした理由付けが必要になります。
解雇補償金という金銭的コストに加えて、社内へのネガティブな影響がある分、正社員の解雇のハードルは実質とても高いのがタイの現実です。だからこそ、試用期間の設計と運用が採用成功のカギを握ります。
採用全体の流れの中で試用期間がどこに位置づけられるのかは、こちらの記事で整理しています。


ここからは、試用期間が持つ3つの機能を順番に見ていきましょう。この順番で運用することが重要です。
| 順番 | 機能 | 目的 |
|---|---|---|
| 1 | 関係構築 | 正しい上下関係と役割・責任の土台を作る |
| 2 | 教育(矯正) | 本人の経験・能力を自社の水準ややり方に合わせる |
| 3 | 選別 | 基準に達した人だけを正社員として通過させる |
機能①:関係構築|会社が優位に立てる唯一の期間
ここで言う関係構築とは、正しい上下関係を築くことです。試用期間中は、マネジメント側が従業員よりも立場が強い唯一の期間と言えます。正社員になると辞めてもらうハードルが上がりますが、試用期間中なら会社は「試用期間を通過させない」というカードを切れるからです。
この優位性を活かして、誰が指示をして誰が従うのかをはっきりさせ、役割と責任をしっかり伝えておきます。ここで大事なのは馴れ合いは排除するという姿勢です。
関係構築に失敗すると、立場が強くなる正社員化の後は指示が通らなくなります。だからこそ、会社が優位に立てる最初の試用期間で土台を作ることが不可欠なのです。
機能②:教育(矯正)|マイルストーンで自社基準に合わせる
「経験者として採用したのだから教育は不要」と考える方もいるかもしれません。しかし、どれだけ経験があっても放っておけば自己流になってしまいます。試用期間における教育は、いわゆる育成とは少し意味が違い、矯正に近いフェーズだと考えてください。
矯正とは本人を否定することではなく、その人の経験や能力を自社のやり方・スピード感・価値観・求める水準に合わせていくことです。つまり試用期間は、能力の有無だけでなく組織へのフィットを確認する期間でもあります。
この矯正に欠かせないのがマイルストーン(中間目標)です。「何を・どれだけ・いつまでに」達成すれば試用期間を通過できるのかを、あらかじめ決めて本人にはっきり伝えます。例えば営業職なら「2ヶ月で新規受注◯件」「試用期間の終わりまでに売上◯◯」といった具体的な数字で設定します。
ただし、マイルストーンは数字で人を切るためのものではありません。数字に向かう過程で、次のような観点を事実ベースで確認するための指標です。
| 確認の観点 | チェック内容 |
|---|---|
| 営業スタイル | 自社の営業のやり方を理解しているか |
| 報連相 | 報告・連絡・相談の水準が自社基準に合っているか |
| 顧客対応 | 顧客への向き合い方が会社の方針と合っているか |
| スピード・行動量 | 組織の基準に達しているか |
| 修正力 | フィードバックを受け入れ、行動を修正できるか |
ここまで具体的に決めておけば、本人は何を目指せばいいのかが明確になり、評価する側も「なんとなく合わない」ではなく事実に基づいた判断ができます。関係構築とマイルストーンを併用することで、本人の能力を自社が求める人材像へ確実にアジャストできるのです。
機能③:選別|「誰を通さないか」が最も重要
3つ目の選別は、この記事で最もお伝えしたいポイントです。繰り返しになりますが、正社員になると辞めてもらうハードルはぐっと上がります。金銭補償が必要になる上、明確な理由なく解雇すれば社内の信頼も揺らぐからです。だからこそ、試用期間が最後の砦になります。
やることはシンプルです。試用期間の目標を達成し、組織にフィットする人だけを正社員にする。基準に達しない人は通過させないとドライに判断する。それだけです。
「いい人なんだけどな」「もう少し様子を見れば伸びるかもしれない」——人として自然な気持ちですが、あえてお伝えします。試用期間に情けは不要です。ここの判断を誤ると、正社員になった後はもう手が出せなくなり、結果としてモンスター社員が組織に居続けることになってしまいます。試用期間は単なる準備期間ではなく、「誰を通すか」ではなく「誰を通さないか」を決める期間なのです。
試用期間を成功させる運用のポイント
最後に、実務での運用ポイントを整理します。特に重要なのは、判定を119日の直前に慌てて行わないことです。1ヶ月ほど前から逆算して、マイルストーンの達成状況を確認し、通過・不通過の判断を進めておきましょう。
- 入社初日から役割・責任・上下関係を明確に伝える(馴れ合いの排除)
- マイルストーンを「何を・どれだけ・いつまでに」の形で本人と共有する
- 評価は事実ベースで行い、「なんとなく」の感覚判断を避ける
- 119日の1ヶ月前から逆算して判定プロセスを開始する
- 基準に達しない場合は情けに流されず通過させない
また、試用期間をうまく機能させるには、そもそも入社前の条件提示や処遇設計が適切であることも重要です。良い人材に選ばれ、かつ定着してもらうための福利厚生の設計については、こちらの記事で詳しく解説しています。


給与設定と試用期間の目標水準がずれていると、本人のモチベーションにも影響します。タイの給与相場を踏まえた設計もあわせてご確認ください。


まとめ
タイの試用期間は、会社が主導権を持って人材を見極められる唯一の期間です。最後に重要ポイントを整理します。
- 119日ルール:タイでは勤続120日を超えると解雇補償金の支払い義務が発生するため、試用期間は最長119日で設定するのが一般的です。
- 正社員の解雇は実質高ハードル:金銭補償に加えて社内の信頼低下リスクがあるため、明確な理由なしには辞めてもらえません。
- 3つの機能を順番に運用:①関係構築(正しい上下関係)→②教育(自社基準への矯正)→③選別、の順番が重要です。
- マイルストーンで事実ベースの判断:「何を・どれだけ・いつまでに」を明確にし、数字だけでなく組織フィットも確認します。
- 選別に情けは不要:「誰を通さないか」の判断こそが、正社員化後のマネジメントを大きく楽にします。判定は119日の1ヶ月前から逆算して動きましょう。
この記事をきっかけに、自社の試用期間の設計を一度見直していただければ幸いです。RCXでは、タイ人材・日本人材の採用支援を行っています。タイでの採用にお困りの際は、お気軽にお問い合わせください。











