タイの金銭解雇とは?解雇保証金・解雇予告手当の計算と不当解雇リスクを解説

タイで採用した社員がどうしても組織に合わない。試用期間の119日を超えて正社員になった後に、辞めてもらう必要が出てきたら――。タイで人事を担当する日系企業のマネージャーなら、一度は直面しうる悩みではないでしょうか。

タイには、法律で定められた解雇保証金を支払って退職してもらう「金銭解雇」という選択肢があります。ただし、進め方を間違えると「お金を払ったのに後から裁判を起こされ、さらに大きな金額を支払うことになった」というケースが実際に起きています。

この記事では、タイで正社員に辞めてもらう際に支払うべき2種類のお金と、お金を払ってもそれだけでは安全とは言えない理由を、具体的な金額シミュレーションとあわせて解説します。なお本テーマは、顧問法律事務所であるBMリーガルの監修のもとお届けする内容をベースにしています。

この記事は、RCXのYouTube動画の内容をもとに再構成したものです。

目次

タイの「金銭解雇」とは?法律で認められた選択肢

金銭解雇とは、一言でいえばお金を払って辞めてもらうことです。法律で決まった解雇保証金を支払って退職してもらう。これはタイで認められている雇用終了の選択肢の1つであり、アメリカのような「理由なしの自由な解雇」とは異なる制度です。

会社都合でタイ人の正社員に辞めてもらう場合、性質の違う2種類のお金が発生します。この2つは混同されがちですが、両方とも別々に支払う必要がある点にまず注意してください。

種類 一言でいうと 金額の決まり方
解雇保証金 勤続年数で決まる退職金 最終給与×勤続年数に応じた日数分
解雇予告手当 急に辞めてもらう代わりのお金 本来働くはずだった予告期間分の給与

タイの雇用管理は、採用の入口から出口まで一貫した設計が欠かせません。採用プロセス全体の流れは、以下の記事で体系的に解説しています。

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それでは、2種類のお金をそれぞれ詳しく見ていきましょう。


解雇保証金の金額|勤続年数別の計算表

解雇保証金は、勤続年数に応じた退職金のようなものです。最終給与をベースに、法律で次のように日数が定められています。

勤続年数 解雇保証金 目安
120日以上〜1年未満 給与の30日分 約1ヶ月分
1年以上〜3年未満 給与の90日分 約3ヶ月分
3年以上〜6年未満 給与の180日分 約6ヶ月分
6年以上〜10年未満 給与の240日分 約8ヶ月分
10年以上〜20年未満 給与の300日分 約10ヶ月分
20年以上 給与の400日分 約13ヶ月分

試用期間119日の意味と、計算ベースの注意点

ここで押さえておきたいポイントは2つです。1つ目は、勤続120日に達すると解雇保証金の対象になること。裏を返せば、120日に達していなければ解雇保証金はゼロです。だからタイでは試用期間を119日に設定する会社が多いのです。試用期間中に「この人は合わない」と感じたら、119日のうちに判断する。これがタイの労務管理の基本になります。

2つ目は、計算のベースになる「給与」の範囲です。基本給だけでなく、毎月固定で支払っている手当も含まれます。一方で、実費精算の交通費・残業代・不定期のボーナスは含まれません。手当の設計次第で解雇時のコストも変わるため、給与設定の段階から意識しておくことが大切です。

タイにおける給与相場や手当の設計については、以下の記事で詳しく解説しています。

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さらに重要な実務上の注意として、解雇保証金は解雇当日に全額支払う必要があります。支払いが遅れると重い利息がつき、経営陣個人が罰せられるリスクすらあります。「後で払えばいい」は通用しません。


解雇予告手当は「30日分」とは限らない|給与サイクルで考える

タイでは原則として、即日解雇はできません。少なくとも30日前に書面で解雇を通知する必要があります。それでもすぐに辞めてもらいたい場合に必要になるのが解雇予告手当です。本来なら予告して働いてもらうはずだった期間分の給与を、お金で代わりに支払うものです。

ここでよくある誤解が「即日解雇なら30日分を払えばよい」というものです。結論から言うと、単純なカレンダー上の30日分とは限りません。タイの解雇予告は、通知日だけでなく会社の給与支払日を基準に考えるからです。原則は「給与支払日までに予告し、その次の給与支払日に解雇の効力が発生する」というルールです。

毎月25日締め・月末払いの会社を例に、通知タイミングごとの違いを整理してみましょう。

通知日 解雇成立日(原則) 即日解雇する場合の予告手当
6月15日(支払日前) 7月31日 6月16日〜7月31日分(約1ヶ月半)
6月30日(支払日当日) 7月31日 7月1日〜7月31日分(約1ヶ月)
通知が7月1日にずれた場合 8月31日 約2ヶ月分に増加

つまり、給与支払日の前に通知した場合は「2回給料日を迎える」と覚えておきましょう。月の途中で即日解雇すると、1ヶ月分では足りないことがあるのです。

支払日当日ちょうどの通知はリスクが高い

「では支払日当日に通知すれば予告手当を最小化できる」と考えたくなりますが、この運用はおすすめできません。従業員が急に欠勤した、面談で通知書の受け取りを拒否された、就業時間内に通知が終わらなかった――こうした事態で通知が翌日扱いになると、解雇成立がさらに1ヶ月後ろにずれ、予告手当が約2ヶ月分に増える可能性があります。

安全に進めるなら、支払日より前に余裕を持って通知するか、即日解雇の場合は予告手当を多めに見積もる。この考え方が大切です。そして解雇予告手当は解雇保証金とは別物であり、即日解雇の場合は両方を支払う必要があります。


お金を払っても100%安全ではない|不当解雇のリスク

解雇保証金と予告手当をきちんと支払えば、手続き自体は一通り完了します。しかし、ここからが本記事で最もお伝えしたいポイントです。お金を払えば100%安全、ではありません。辞めてもらった後、その従業員が「これは不当解雇だ」と裁判を起こす可能性があるからです。

タイの労働裁判所は徹底して従業員を守る立場を取ります。訴訟は無料同然で起こせるうえ、「この解雇は正当だった」と証明する責任は会社側にあります。証拠がなければ、会社は非常に不利になります。

「業績が厳しいから」「成績が悪いから」という理由での解雇は、それだけでは正当と認められません。コスト削減・人員削減・組織再編といった会社都合の解雇が正当と認められるには、次の条件をすべて満たす必要があります。

  • 本当に解雇が必要だったこと:単なる減益ではなく、赤字・事業縮小・部門閉鎖など、必要だった事情を客観的な資料で示せること
  • 公正で透明な人選基準であったこと:誰を対象にするかの基準が説明できること
  • 差別がないこと:特定の属性を狙い撃ちしていないこと
  • 解雇が最終手段だったこと:配置転換など他の手段を検討したこと

実際の判例でも判断は明確です。利益は減ったがまだ黒字だった会社が従業員を解雇したケースは、解雇保証金を支払っていても不当解雇と判断されました。一方、改善の見込みがない本当の赤字で、全員を一律に解雇して後任も補充しなかったケースは正当と認められています。


訴訟で負けたらいくら払う?具体的なコスト試算

では、もし訴訟になって負けたら、いくら支払うことになるのでしょうか。勤続10年・月給5万バーツの社員を一方的に解雇し、不当解雇と認定されたケースで試算してみます。

項目 金額の目安 備考
解雇保証金(支払済み) 約50万バーツ 勤続10年=給与の300日分
追加の賠償金 約25万〜50万バーツ 目安は勤続1年あたり約1ヶ月分(裁判所が個別判断)
合計 約75万〜100万バーツ 日本円でおよそ370万〜490万円

賠償金の目安は勤続1年あたり約1ヶ月分と言われることがありますが、実際は裁判所が年齢・勤続年数・解雇の事情を見て決めるため、必ずこの額になるわけではありません。しかも裁判には数ヶ月から年単位の時間と弁護士費用がかかり、判決が大ごとになれば会社の評判にも傷がつきます。


訴えられるかは「相手次第」|運任せにしない進め方を

「でも実際に裁判になった話はあまり聞かない」と思われるかもしれません。その通りで、お金を払って辞めてもらっても訴訟にならないケースは多くあります。本人が自分のパフォーマンスに納得していた、会社の業績が厳しいことを理解していた、退職手続きについて合意書をもらっている――こうした場合、タイ人の従業員もわざわざ訴訟は起こさないことが多いのです。

しかし、ここが重要なポイントです。訴えられないことを期待するのは運任せです。本人が内心では納得していなかったら、辞めた後にお金に困ったら、知人に「それは訴えられるよ」と唆されたら――一転して訴訟になるケースは実際に起きています。相手次第の要素は、こちらでコントロールできません。

実際に辞めてもらう際の進め方には、大きく「一方的に解雇する道」「合意退職にする道」の2つがあります。合意退職の最大のメリットは訴訟リスクを大きく下げられることですが、上乗せの費用と交渉が必要になります。ここを間違えると、せっかくの合意がすべて水の泡になりかねません。詳細は動画の後編で解説されています。


まとめ|タイの金銭解雇で押さえるべきポイント

タイでの金銭解雇は、法律で認められた選択肢である一方、お金を払えば終わりではありません。最後に重要ポイントを整理します。

  • 金銭解雇には2種類のお金が必要:勤続年数で決まる「解雇保証金」と、即日解雇の代償である「解雇予告手当」は別物で、両方の支払いが必要
  • 勤続120日から解雇保証金が発生:だから試用期間を119日に設定する会社が多く、合わない人材は119日以内に判断するのが基本
  • 解雇保証金は解雇当日に全額支払い:遅れると重い利息や経営陣個人へのペナルティのリスクがある
  • 予告手当は給与サイクルで計算:支払日前の通知なら「2回給料日を迎える」ため、約1ヶ月半分が必要になることもある
  • お金を払っても不当解雇リスクは残る:正当な理由と客観的な証拠がなければ、追加賠償を含め約75万〜100万バーツ(約370万〜490万円)の支払いになりうる
  • 訴えられないことを期待しない:合意退職も含め、訴訟リスクを下げる進め方をあらかじめ設計しておくことが重要

解雇は雇用の「出口」の問題ですが、その根本には採用の「入口」でのミスマッチがあります。採用段階での見極め119日以内の判断を徹底することが、結果的に最も低コストなリスク対策になります。タイでの採用にお悩みの方は、ぜひ他の記事もあわせてご覧ください。

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